≪飽きっぽい≫って、よくないこと?

こんにちは。風間一花です。

あれもいいな、これも楽しそう、あ、あっちも面白そう!…と。

あれこれ手を出して結局中途半端になってしまって落ち込んだり、しませんか?

そう。まさに私のこと。

私はこの、≪飽きっぽい≫性格を「悪」だと思ってきました。

一つの知識を深める前に、別のことに興味が湧いてしまい、周りの人を呆れさせました。

そして思いました。

「私はなんにもできない、中途半端な人間なんだ。」と。

諦めていたのです。

社会に出て実感。飽きっぽいは長所なんだ。

私は飽きっぽいです。楽しそうなことが次々出てきて目移りします。

裏を返せば挑戦心があり行動するエネルギーがあります。「あれしたい、これしたい」

と考え、ネガティブなことが入り込む隙が狭くなります。

私は会社勤めをしていた時に、この性格でよかった。としみじみと感じました。

例えばお昼休憩の時間。仕事の愚痴・働いている人の愚痴・夫の愚痴・愚痴愚痴愚痴…

ネガティブな言葉であふれている方々。

思えば、他に自分の世界がなかったのかもしれません。人の粗を見つけるのに全力になっているように思えました。

(私はその時、創作の小説を考えるのに夢中で全くその輪には入っていませんでした…(笑))

狭い世界観はいつの間にか人の心も狭くしてしまうのかもしれない、と、その時思ったのです。そのネガティブなエネルギーを他へ当てることが出来ます。

飽きっぽく、色んな世界に足を踏み入れてしまいたくなるのは、悪いことではなく…

むしろ良いことなのではないか…?と、その時に思いました。

 片方でつまづいても、もう片方で気分転換

物事に取り組んでいると、いきづまったり躓いたり、時に落ち込んだりします。

一点集中していると、どうしてもその落ち込みから抜け出せなくなって、ズルズルと引きずってしまいます。

しかし、あれもこれも、と手を出していると、「こちらはとりあえず置いておいて、別のことに取り組もう」という思考になり、負の感情に取り込まれることが少なくなります。

そうして別のことに力を注いでいると、行き詰っていたことがスルリとできるようになったり。気が付かないうちに狭くなりがちな視野をリセットすることが出来たりします。

≪飽きっぽい≫は色々な知識や経験を還元できる

≪飽きっぽい≫人のもっとも大きな強みは、これだと思います。

あれこれ中途半端になったその経験を、今だったら「ブログ」という形で別の人に還元することができます。

経験をすると人の出会いも増えます。そうして、自身がますます豊かになっていきます。

飽きっぽい人は、人生を豊かにすることができます。

自分が好きなこと、興味があること、知りたい事、をどんどん追及してくことができる、パワフルな人なのです。

一つのことに縛られずに挑戦し続ける。

これは素晴らしい長所だとは思いませんか?

生き方に正解はないのでは。

もしもあなたが「飽きっぽい性格」を治したいのであれば、飽きることを受け入れて、それに慣れることです。

人は慣れます。そして飽きます。そしてその飽きにも慣れるのです。

私は一つのことに夢中になることも、飽きっぽく色々手を出してしまうのも、どちらも魅力的だと思います。

生き方、考え方に正解はないと思うのです。

あなたのたった一度の道。自尊心を傷つけてほしくない、と思います。

あなたに楽しんで生きていてほしい、と思います。

短所と思っていた性格が長所に変わったら。

あなたはもっと魅力的になると、私はそう思います。

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